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フコイダンのグレード

連合勢力が春闘を休む年にどういう事態が生じるか、全労連など階級的潮流が文字通り春闘の前面に躍り出るわけだが、こうした事態は断じて放置できない、というところにある。
階級的潮流が存在するかぎり春闘は不滅なのだ。 こういう事情があるので、日経連の本心からすれば、「隔年春闘」を主張してはしゃぐ鉄鋼労連などの右よりの幹部は「無邪気な存在」と映るにちがいない。
「報告」はいう。 「労働側は、景気回復・安定成長のためには、賃金を引き上げて消費を刺激すべし97年2月4日付)といっている。
一般的にいっても、経営者は賃金などの企業間競争条件を相互に均等化させようとするものである。 もっとも、日経連の現実的なねらいは、はっきりした「バラバラ春闘」が実現できなくても、わずかでもいいから労働組合の足並みを乱し、そこにつけいって賃金闘争を有利にしよう、というところにある。
したがってこの点、労働組合・労働者は大いに警戒すべきと主張するが、これは、これまでの経済の実態の推移を無視するものである。 実質消費は、雇用不安がなく、物価が安定してこそ拡大する」と。

むろん「雇用不安がないこと」も大切だが、賃上げがなによりも景気刺激に有効なことは、つぎのとおりT・経団連会長もみとめざるをえないところである。 豊田氏はいう。
「まず日本経済の元気を出す必要がある。 従業員の収入が減れば元気がなくなる」と96春闘に向けて強調している(「N新聞」96年2月16日付)。
いま生計費原則にもとづく大幅賃上げこそ労働者・労働組合が確信をもって追求すべきである。 これは労働者・労働組合のエゴでは決してなく、そのことが豊田氏もいうように「日本経済を元気づける」ことになる。
日経連は、春闘が「横並び」でけしからん、と攻撃をつよめている。 他社・他産業の賃上げに影響されず、自社の「支払能力」をよくみて、賃金を上げるか下げるか、労使仲良く決めるべし、というわけだ。
横断的・統一的ではなく、企業ごとに分断・分解された「バラバラ春闘」にしろ、という主張である。 もしそうなったら、もはや「春闘」とはいえない・それだけではない。
日経連は、労働者一人ひとりの賃金を「同一生産性・同一賃金」の原則で決めるべきだとし、勤続年数・年齢重視により「横並び」で個々人の賃金が決まってきた旧来の慣行を批判している。 これからは労働者一人ひとりの「生産性」(「能力」・「業績」)によって賃金を決めていくべきだという。
上下に大きな個人差がつく「ラッパ型賃金」を奨励している、ということだ。 このように日経連の春闘を分断・分解しようというねらい。
矛先は、企業別分断のみならず、企業内での賃金決定の個別化、つまり「個別賃金」化という分断もねらっている。 以上のような状況は、「管理春闘」以上に問題である。
それが協調主義的・右よりの労働組合の利用を前提にしている点は「管理春闘」と同じだが、もはやそこには(水準はともかく)「JC相場」を波及させるといった発想はない。 低水準にせよ波及・相場などは「横並び」そのもので、いまや財界にとって打倒すべき標的となっている。
このように1955年にスタートした春闘は、高度成長期に前進・発展したあと、75年以降「管理春闘」に変質させられ、90年代のいま変質春闘の「管理春闘」さえ「横並び」でけしからんと資本の攻撃をあびる状況になっている。 結局、日経連のめざす方向は、労働組合が存在しなかった時代(経営者による一方的・恐意的な賃金決定)への逆流であり、(職場)民主主義の否定を意味し、とうてい容認できない。

1998年版「労問研報告」は、「危機からの脱出第3の道を求めて」という、おおげさなタイトルである。 だが、その論旨は、つぎのとおり単純である。
独占的大資本の「国際競争力の維持・強化」のために「高コスト構造の是正」が必要だ、それには「構造改革の推進」が不可欠である、というものであり、「H(R内閣)6大改革」の核心部分をなしている。 いいかえれば、リストラ・規制緩和をどんどんやれ、国(社会保障)に頼らず「自立自助」でいけ、という内容であるが、労働者・国民の反対を防ごうと、粉飾・美化されてもいる。
つまり、「雇用の安定」と「国民生活の質的改善」という「魅力的」なスローガン(目標)を高らかにかかげ、その実現には「国際競争力の維持・強化」が前提となる、崇高な目標達成のためにはきびしい手段の選択もやむをえないこういう粉飾された筋書になっている。 これを労働組合の右より潮流に支持・協力させ、労働者のためにもなるかのような雰囲気も意図的につくりだす仕掛けになる。
日経連は、「国際競争力の維持・強化」には「高コスト構造の是正」が必要だというが、その焦点には人件費の削減がある。 これを人くらし「合理化」と賃金抑制で実現するというシナリオである。
むろん、リストラ、規制緩和と一体だ。 だが、これによっては、だれがみても「国民生活の質的改善」を期待できそうにない。
そこで持ち出されるのが、「内外価格差解消」論「物価を下げよう」論である。 世界一の賃金・人件費を上げるわけにはいかないので、「生活改善」は、名目賃金のアップではなく、物価を下げる方法(つまり購買力を大きくし、実質賃金を上げる方法)で実現しようと、日経連はささやきかけているではどうやって物価を下げるというのか。

TやMなど大企業でつくっている製品の価格は国際的にみても高くはない、いやむしろ安いのだと日経連はいう。 高いのは中小企業や農業の産品、また公務部門の提供するサービスなどの価格であり、これらが日本の物価を押し上げている、だからこのような部門の生産性を上げて価格を下げなくてはならない、とかれらは主張する。
それでは、どのようにして生産性を上げるのか。 農業や中小企業にたいする各種の保護をなくす、つまり規制緩和(規制撤廃)を徹底すれば、そうした部門の整理淘汰がすすみ、生産性の高いところだけが生き残り、それらの部門の生産物の価格が下がる、結局、日本全体の物価も下がる、という論法である。
同時に、公務部門にも競争原理を導入し、民営化をすすめ、安いサービスを国民が受けられるようにしていく、というものである。 要するに、「国際競争力の維持・強化」という基準で日本経済を大胆(乱暴)に「整理」(構造改革)していく、弱肉強食の戦闘の結果、「強者」だけになれば、強者がつくる(提供する)商品やサービスの価格は安いので、日本の物価水準は下落する、結論として労働者の実質賃金は上がり、労働者以外の勤労国民の生活も「質的に改善」されていく、というのが日経連のえがくシナリオである。
また、このように経済や産業の構造がガラリと変われば、あちこちで失業者が発生するだろう、これへの対応としては、民間の職業紹介事業の活用などで労働力の流動化をスムーズにおこなうことで解決していけばよい、という説教も日経連はわすれない。

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